契約と新しい契約

本文:エレ31:31~32 
 
神様は、時代ごとに選ばれた牧者を通してご自分の民たちと契約を結ばれた。
神様は約6千年前、創造されたアダムと契約を結ばれた。その契約は、いのちの木と善悪の知識の木の実に対した契約であった(創2:9、17、創3:22)。
しかし、アダムとエバは蛇に惑わされて神様との約束(契約)を破り、善悪の木の実を食べることによって呪われ、エデンから追い出された(創3章)。その後、神様は罪を犯したアダムの世界を洪水で滅ぼされて(創7章)、ノアの世界を立てて契約を結ばれたが、ノアの息子のハムがまた罪を犯した事によって、その息子と一緒に呪われ(創9:18~27)た。そして、その子孫のカナンの世界を滅ぼされた。ノアの後、神様がアブラハムと約束されて(創15章)、4代後のモーセの時、その約束を成し遂げられ(出12章)、契約を結ばれた(出19:1~6)。その後、神様は、ヨシュアとイスラエルの子孫たちがカナンに入り、カナンの七つの部族を滅ぼすようにさせてから、イスラエルの子孫たちとまた契約を結ばれた(ヨシ24章)。契約の内容は、神様以外に他の神に仕えてはならないという事であった。しかし、異邦の女バテ・シェバから生まれたダビデの子ソロモン(Ⅱサム12:24)が異邦の神の宮を建て、異邦の神を拝む事によって(Ⅰ列11章)、アダムのように契約を破ってしまったので(ホセ6:7)、全イスラエルが滅亡された。
その後、神様がエレミヤにこの事実を明かされ、新しい契約を結ぶことを約束された(エレ31:31~32)後、約600年が過ぎ、御子のイエス様に臨まれ、新しい契約を結ばれた(ルカ22:1~30参考)  
聖書で見た二種類のぶどうの木のうち、まことのぶどうの木はイエス様であり(ヨハ15:1~8)、過ぎ越しの祭りの日の夜の新しい契約は、イエス様の血と肉によって立てられた契約であった。この契約は、イエス様の血と肉、すなわち、ぶどうの木からできたものを食べれば永遠のいのちを得るという事で(ヨハ6章)、これは、父の御国が臨んで来る時、再び食べるようになるという事であった。食べなければならないイエス様の血と肉は、すなわち、イエス様の御言葉である。神様が御言葉であり(ヨハ1:1~4)、御言葉が生んだ子も御言葉である(Ⅰヨハ1:1~3参考)。イエス様が世の罪を負われたので、イエス様の血と肉、すなわち、イエス様の御言葉を食べる事ができないのであり、イエス様が再び来られる事によって、その御言葉を聞いて食べることができるのである(マタ26:29、ルカ22:16~18、黙19章参考)。
では、この新しい契約の血は、いつ、どこで飲むようになるのか?
この新しい契約の血を飲む時は、黙示録の時である。
初臨の時、勝利されたイエス様(ヨハ16:33)に神様と天国が来られ(ヨハ1:32、マタ4:17)、旧約をすべて成し遂げられた(ヨハ19:30)ように、再臨の時の黙示録の時には、神様とイエス様と天国が黙示録2章、3章のように勝利者に臨むようになり、聖なる都、新しいエルサレムが勝利者のいる新しい天、新しい地に臨むようになる(黙21:1~7)。そこで新しい契約の血を飲むようになり、また勝利者を通して新約をすべて成し遂げるようになる(黙21:6)。この時、イエス様の血で贖われた、神様の国(12部族)と祭司長(真の牧者)が創造され(黙5:9~10)、また、もろもろの国民、部族、民族、国語の内から大勢の人々が出て来て、イエス様の血で洗われて天国の民として救われることになる(黙7:9~14)。
 
このすべては、イエス様の新しい契約の血によって成し遂げられるものであって、私たちが信じなければいけない約束である。天国に望みを持っている聖徒たちは、現在の自分の牧者と預言にだけ縛られていないで、約束した聖書が成し遂げられた所を探して信じなければならない時である。(マタ7:7~8参考)。全地球村で新約が成し遂げられている所は、ただ新天地イエス教証拠幕屋聖殿だけである(黙21:1~2、15:2~5参考)。