新天地イエス教がなぜ異端なのか?神様の造られた異端なのか人の造った異端なのか。聖書に基づいて本当の異端か否かを知らなければならない。その正しい答えを下で調べてみよう。
1990年から新天地イエス教の啓示の御言葉を聞いて、数多くの既成教会の聖徒たちが新天地に集まり始めた事により既成教会の牧師に騒動が起こった。それ以後、対策会議を繰り返し、自分の聖徒が出て行かないように立てた対策が「新天地は異端である」ということであった。
聖書6千年の働きを見ると、新旧約の預言者たちを迫害して殺し(マタ23:34~35、使7:51~53、啓18:24)、イエス様とその弟子たちを異端(異端の首領)だ、悪霊につかれた、ペストだなどとぬれぎぬを着せて殺した(マタ12:22~24、ヨハ8:51~54、使7:55~60、24:1~5参考)。また、イエス様とその弟子たちを古い蛇扱いして彼らを行かせなくて殺した(ヨハ3:14、マタ23:13参考)。このように時代毎に神様の遣わされた使者はみな迫害を受けた(へブ11:32~38参考)。
既成教会の牧師たちは、マタイの福音書24章だけが終末論だと言ったから異端であると、新天地にぬれぎぬを着せた。しかし新天地はマタイの福音書24章だけが終末論だと言ったことはない。新天地の説教の録音にも、発刊した本にもその証拠を発見できない。新天地を異端だと言ったのは、神様ではなく既成教会の牧師たちである。これは昔の先知使徒たちにしたことと同じである。今日新旧約の先知使徒たちと当時の牧師たちを比較してみると、先知使徒たちは神様から遣わされて神様の御言葉を代言して伝えた正統だったが、その当時の牧師たちはまことの異端であった。
今日まで既成教会の牧師たちに何回も対話を要請したが答えずただ異端だというばかりだった。しかし本当の異端は聖書を知らないその時代の牧師たちである。聖書の御言葉の意味をよく知らずに、偽りの教理の種を蒔いたのは毒麦の種を蒔いたことであって、これは悪魔の子を産ませる行為である(マタ13:38~39参考)。これが本当の異端である。
新天地は、新旧約聖書を啓示によって通達して、その実体までを証しする所で(啓1:2、10章、22:16参考)、正統の中で一番まことの正統である。
このような新天地イエス教を異端だと言う者は本当の異端であり、救われなく審判を受ける。新天地イエス教についてインターネット及び各カフェーにたくさんの侮辱的な誹謗の言葉を書く者たちは、霊的与太者で、無法者で、利敵行為をする者である。彼らは対話がなくて恣意的な行動を義だと思い違いをし、キリスト教と聖徒たちを滅ぼして恥ずかしい思いをさせ、また苦しめることを自分の使命だと思う者である。また、彼らには道徳性は見られない。理性を失って毎日悪を創造する者たちだと言えるだろう。
悪質的であり、不道徳で、信仰外の行為をする迫害者たちを、信仰的に応対する価値もないと思われる。